「便利なようで便利でない」とはちょっと違うかもしれないけど、かなり前に、NHKの高齢者の孤独化や子どもへの虐待をテーマにした番組で吉岡忍さんがこのような主旨の事をコメントしていたことを思い出しました。
ニューヨーク地下鉄のドアを自動にかえる話があがったけど、そのまま手動のドアのままにすることになった。手動にすることによって、健常者が老人や子ども、ハンディキャップのある人が開けられないときに手助けをしてあげる。そこで、ありがとうのコミュニケーションが発生する。都市の中では、そのように不便に感じるようなものをきっかけにして、コミュニケーションが生まれる。

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私的にはすごく納得できたコメントでした。確かに、すべてを自動、利便性、合理性で考えすぎると失うこともでてきそうですね。